英語の絵本を読むのは難しい
日曜日, 11月 27th, 2011小学校から英語を勉強するようになって(たしかそうですよね?)、子どもに英語を!なんて世の中の流れがありますね。僕は正直これには反対。というか、もう少し大きくなってからでもいいと感じております。 かくいう僕は、学生時代英語は得意じゃなくて、かなりダメなほうでしたが、30を過ぎてから海外赴任の命を受け、ぶっちゃけ現地に行って体で英語を覚えた口ですが、それでも何とかなりました(←と、本人は思っている)。ま、よく言われるように発音なんかは早いうちから聞いておいたほうがよい、というのは確かで、僕はどうしてもジャパニーズイングリッシュの発音のままです。まあ、それでも(だいたい)通じるからいいじゃないですか、と開き直っております。 とはいえ、僕のこういう勝手な見解はともかく、世の中には英語が氾濫し、息子もいつのまにかアルファベットは全部読めるくらいにはなっています。家にも、いただきものですが、ABCとかを教える「英語の絵本」は何冊かありますね。 子どもに英語を教えたくない、というわけでもないんです。ちょっと説明をすると、子どもに英語というものの「存在」を教えることは、もう早いうちからでもいいと思ってるんですよ。日本語とは別に言葉があって、それを話す国の人がいて、モノの名前にはいろいろな表現があって、というようなことは教えたいと思っています。 たとえば、我が家の場合、息子が2歳にもならないくらいの時、たまたま「紫」という言葉を覚える前に「パープル」と覚えてしまいました。で、外出したときなんかに花を見て「パープル!」と言って、周りの人から「まあ、すごいわね~」とほめられるのを聞いて何度閉口したことか・・・。「いや、うちの子、”むらさき”って言えないんですよ」と心の中で訴えてました。こういうふうに育っては困るんですよ(笑)。 僕自身のこういう背景もあり、英語の本を自分でも読まないでもありません。現地で赴任していた時には勉強も兼ねて原書をよく買っていましたし、いざ少し読めるようになるとそれもうれしくて、割と英語の本が家にもあります。海外の名作といわれるような絵本も、ちょっとほしい、と思って「どろんこハリー」「マドレーヌ」「はらぺこあおむし」なんかは原書も家にあります。まあこれなんかはファッショナブルですし、本棚をかざるものとしてはなかなかよいと気にいっています。 ときどき、英語の絵本を読んで、といわれることがあります。どこからこれを入手したのはもう覚えていないんですが、その本はたまたま原書しかなくて(対応する日本語訳のある絵本がない)、まあ同時通訳で訳しながら読まされる羽目になります。これなんか、もう大変ですね。絵本はとにかくブラッシュアップされた言葉で表現されていますから、これを日本語に訳すのは、もう並大抵の英語力ではかないません。自分の表現力のなさに落ち込みながら読み聞かせしています(泣)。